BKS-BBA JGC/SFC修行ブログ

人バシラーと飛行距離を極めるヘンテコ旅程で飛ぶのがすきです。

【IST】イスタンブールの悲劇 本編 トンデモイスタンブール♪vol.1


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【IST】イスタンブールの悲劇 本編 トンデモイスタンブール♪vol.1

 

 

 

 

【TK】飛んでもイスタンブール♪恨まないのがルール♪シリーズ その8

http://ameblo.jp/hotelguide/entry-12113876690.html

 

 

 

 

その6 では遅延したパリ・イスタンブールを降機したところまでお話しましたわね。

 

 

わたしとしては、その段階で一番頭にあったのは、

 

 

「なんだ、遅延してても、間に合うじゃん。ラッキー音譜

 

 

だったんです。

 

 

振り返ってみると、能天気すぎるwこうやってすべてラッキーだと思えるこの軽脳さがわれながらうらやましいww

 

 

しかし、さすがなわたしも、5分後には、認識の甘さを自覚します。

 

 

 

 

こわもて警備員を無視して、わたしがこれから乗る(ハズだったw)イスタンブールバンコクTK64便がいるゲートに向かいました。

 

 

着いてみると、なんかもうカオス。

 

 

人の頭がなんこあるかわからないくらい詰め込みな搭乗口。

 

 

はるか遠く、ゲートそばにスタッフ(ハンドリングエージェントでトルコ航空の人じゃない)を見つけたので、ぐいぐい割り込んでそこに駆け寄って行きました。

 

 

※このハンドリングエージェントは大した役割を果たさないので似顔絵なしw

 

 

さ:「ねねね、おれ、バンコク行くけど、搭乗券もらえなかったよ。だから今すぐ頂戴よ。ここでイッシューできるでしょ。」

 

 

ハ:「今、だめ、あとから、来て。搭乗が終わったらやるから。」

 

 

さ:「へ?搭乗券だすだけだよ。予約あるんだし。」

 

 

ハ:「だから、そこに立っててっむかっ

 

 

なんだ、こいつ、偉そうに、と思ったのですが、マテと言うからには、そのカウンター真ん前でずっと立ち尽くすことにしました。なんかその場を離れた瞬間に、乗りそびれたらまずいなと直感したんだと思います。

 

 

でもまあ。

 

 

その時、人々がわたしを見るんですよ。それも厳しい視線で。わたしがカウンターで粘れば粘るほど、じりじりと熱視線がパワーアップ。

 

 

一瞬、「あれ、ここでおれ、モテ期??キタワァ??」

 

 

と思ったのですが、だれも話しかけては来ず、ただ、カウンターでのやり取りや動きを凝視なんですね。

 

 

その時は理由なんかわかりません。

 

 

後になってから考えると、わたしと同じ状況のひとはゴマンといて、彼らは、すでに予約していた便からオフロードされていたり、数本待っていて、もうピリピリしていて、またさらに乗るつもりの奴が来たのか、このBBAめ、ひっこめ!的な視線を送っていたわけですよ。

 

 

でもまあ。

 

 

そんなこと全然気づかずに、ハンドリングエージェントがもう一人加わった段階で、さらにわたしがカウンターで詰め寄っていくと、同じ境遇の人がわらわらと自然とカウンターに集まってきました。その段階で、敵視な熱視線は、同盟組もうZE的な視線に変化していき、互いの境遇を語り合いはじめたりしましたwみんな激おこプンプン丸ですよプンプン

 

 

その激おこプンプン丸を一身に受けなければいけないハンドリングエージェントもそろそろイライラの限界なのか、詰め寄るたびに、「マテ」と犬に命令するような口調になり、こりゃ、もうあかん警察発動だと感じ、確かに搭乗終了してからボーディングパスもらうかとやや諦めになりました。

 

 

 

 

そうする頃、やっとこさ搭乗が始まりました。

 

 

機内の人になって行く人をうらやましい(うらめしい)気持ちでみながら、ゲートカウンター残留組な人びとが手にしているものをチラ見すると、

 

 

・ステイタスが「SBY」(座席番号なしの搭乗券)←適当なハンドリングがみえみえ

・座席番号が入っているのに、逆ゲートピンポンでオフロードされた搭乗券←すげー理不尽

・搭乗券なくEチケだけ←乗継前の搭乗地で詐欺られ。席ないのにとにかく送り込まれた←わたしw

 

 

に分類されておりました。約20人の被害者ですよ。

 

 

搭乗のハンドリングももう昭和みたいなハンドリングでした。一応、バーコードは読み込みますが、座席番号はその上に手書きだったりするし、搭乗者の人数もカウントできず、半券を一生懸命50枚ずつくらい数えて、束にしていく方式をとっていました。

 

 

「えー、PNL出して、照合もしないし、カウントもいい加減で、時蕎麦みたいに、今何時ってきいちゃって邪魔しちゃおうかなw」とか、ややイライラし始めたんですが、この段階でも、わたしは、ポジティ部部員らしく、

 

 

「最後の一席だけでももらえるはずw」

 

 

と思っていました。実際、今まで、最後の一席って何回かありました。想い出深いのはJFKNRTですよ。エアラインスタッフのチケットで乗ったら、シーズンズのCもらえて、ウハウハしていたら、PAが「1席重複していることが分かったので、調整を行っています。」と入って、とにかくだれとも目を合わさないように下を向いていたことです。でも卑屈に下を向いていたらちゃんと乗れましたwハーゲンダッツのアイスももらいましたw

 

 

だから大丈夫、って思っていたのです。

 

 

大丈夫と思いつつ、「わたしの座席番号6Dは誰も乗ってないよなw」と搭乗していく人の搭乗券半券をニラニラ見つめながら粘っていたのですが、それを打ち破ったのは、タイ人一家でした。

 

 

いや、彼らが何か悪いことをしたわけではなく、全然普通の良い人たちにお見受けする、三世代旅行の一家。彼らは、ベビーカーを持ち、乳児もいながら、持っていた搭乗券はジャンプシートでした。

 

 

「え?ジャンプシート使うわけ?乳幼児連れを座席分割してジャンプシート?」

 

 

さすがにこれはホントに席がないんだな、とやっとここで納得です。そして、その時に、悲しくも6Dの半券もちゃんとコレクトされましたorz

 

 

でも、納得することと、乗らないでいいというあきらめの感情は別です。

 

 

まだまだあきらめたくありません。それはみんな残留組は同じ。

 

 

そろそろ、シャウトする人がでてきます。

 

 

「こんなひどいことってないわ。とにかく乗せなさいよっ!」←スペイン人

「スタアラゴールドだぞっw」←わたしwww権力志向ッスねw

「何時間待たせるんだ!」←ドイツスタアラシルバー

「な、なにが起こったの?どうして、乗れないの?」←タイ

 

 

しかし、残留組の叫びはむなしく、ドアクローズになり、

 

 

「あなたたちは乗れません。215(註;うろw)に行きなさい」

「乗れません、乗れません、あとはあっちでやりなさい。2時間後にバンコク行きあるから」

 

 

とスタッフが叫んで、残留組、ポカン( ̄□ ̄;)となりながらも、そのゲートに向かって走り出すのです…。2時間後のバンコク行きをみなもらえるだろうと信じながら…。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

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